トップページ | アクション100 | 012 モノづくりでつながる縁 BIN CHAIRプロジェクト①建築家 田中敏溥

アクション100case.012

 

モノづくりでつながる縁

BIN CHAIRプロジェクト Vol.1
『建築家 田中敏溥』

アクション100 case.012は、ナルセノイエの家づくりを語る上でなくてはならない存在である「建築家 田中敏溥」さんについて、モデルハウスの設計から最新のBin Chairプロジェクトを通じてご紹介いたします。
case.012と013の二回に分けています。ぜひ併せてご覧ください。


ナルセノイエのモデルハウス

ナルセノイエのモデルハウスができたのは2008年5月のこと。17年経ちますが、お客様に私たちの家づくりを感じていただく場として、また打ち合わせやイベントで様々な縁を繋ぐ場として今もなお活躍しています。このモデルハウスの設計者が、副題にある 建築家の田中敏さんです。

帆布かばん

2021年に一部改修をしたモデルハウス。経年変化や時代に合わせて設備の入れ替えや床の張り替え、造作家具を追加したり、断熱強化を施すなどしていますが、間取りや雰囲気は変わることなく、今でも多くの方の心を惹きつけています。

ナルセノイエの住まい手さんが関心を寄せられていた建築を知るために、田中敏さんが設計された住宅を訪れたのが田中敏建築との出会いでした。当時見学したスタッフが感じた心地よさと、我々の家づくりと田中さんのお考えが近しく、また家づくりをご相談いただくお施主様の価値観にも近いことから、新しくモデルハウスを建てる際に、田中敏さんに設計を依頼することになりました。
 
このモデルハウスを気に入ってくださる方は多く、住まい手さんに私たちとの家づくりについての思い出を伺うと、見学時の印象が強く残っていたり、家づくりの参考にされたり、想いを確認できたという声を聞くことが多々あります。時間を経ても変わらない価値を届けているのだと感じます。

帆布かばん

モデルハウスのリビング。白い漆喰の壁、国産の構造材、柔らかな光を通す障子、その先にあるお庭が印象的な、シンプルな現代の日本家屋。


いい家とは、人と街と地球にやさしい家。

人の手で作られるものには、その人となりが映し出されると思います。
建築家 田中敏溥さんはいくつかの著書を出していますが、彼の人柄と作風が伝わる代表的なものに「建築家の心象風景 田中敏溥」(2014年11月1日 風土社より発行)があります。
 
田中さんは新潟県村上市のご出身。江戸時代には村上藩の城下町で、北前船の寄港地として栄えた街。お母様のご実家が造り酒屋を営んでおり、田中さんは幼少期から多くの時間をその造り酒屋で過ごしました。職人や近所の人が出入りする家で過ごしていたこともあり、また街自体もそういうつくりであったこともあり、この本で田中さんは次のように書かれています。
 
「私の原風景にあるような家と家の関係、家と道の関係を、現代的で爽やかなかたちとして再びつくり出したい。そのためにはどうすればいいかというのが、私の設計課題である。
家は個人のものだけでなく、街のものであるという意識を持つこと。それは『向こう三軒両隣り』の意識を、新しいかたちで現代に取り戻すことではないだろうか。」(「建築家の心象風景 田中敏溥」より)

帆布かばん

「建築家の心象風景 田中敏溥」(2014年11月1日 風土社)

miccaのロゴ
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多感な時期の多くを過ごした住宅の空気感が田中さんの作風に通じている(写真左)。地域ごとに特徴のある集落に関心があり、学生時代の長期休みに出かけては観察し、写真やスケッチに収めたことも書かれており、街との関係性を大切にする原点が感じられる。

「建築家の心象風景 田中敏溥」を拝読すると、田中さんが育った場所や「建築家になりたい」と思い始めた中学時代、苦労された高校時代、自らの意思を強く持って東京に出て様々な縁に導かれながら経験を積まれた高校卒業後の学生生活や東京藝術大学・大学院時代、その後の環境設計・茂木研究室でのこと、そして独立されてからのことが扱われ、それぞれの時代での経験や関心ごとが語られています。
 
また作品選集では、それぞれの作品の敷地環境や施主の要望などの背景とともに、どのような想いをもってかたちを作っていったのかが描かれており、端々から田中さんの設計作法を知ることができます。
 
「設計とは、限られた面積や各寸法、それに予算の配分作業。だが、小さな敷地に大きな暮らしをつくる上で重要なことは、すべてに節約することではなく、大切なところに大きく配分する勇気を持つこと」
「家は場所に合わせてつくる。自分の家は街のもの。敷地を無駄に使わないという三つの意識を大切にしてよく考えられた家は、敷地の良い点がとりいれられ、街に気配りされた佇まいになり、大きな視点からも土地が有効に利用される」
「小さな敷地でも法律に縛られた形にならないように」
「家は街の景観をつくる。端正な佇まいになるように」
「家を道にやさしくつくりたい」
(それぞれ「建築家の心象風景 田中敏溥」より)
 
などの綴られている言葉から、その土地に対してや、住まい手の記憶や暮らしに対して、また家をつくる職人に対しての、田中さんの様々な”愛と勇気”を感じることができ、彼の設計の根幹なのだと気付かされます。そしてその価値観は、ナルセノイエで大切にしていることと僭越ながらも重なる部分が多く、その想いから導かれた具体的な回答が紹介されているため大変参考になるだけでなく、改めて田中敏溥さんにモデルハウスの設計をお願いしてよかったと確認できる一冊です。

帆布かばん

切妻の大屋根とシンプルな下屋とで構成されたモデルハウスの外観。田中敏溥さんのつくり出す佇まいは、街に対して遠慮がちに、そっと溶け込むものがほとんど。それは、控えめで真面目な田中さんらしさでもあるように思う

miccaのロゴ
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モデルハウスで見ることのできる柱や梁の直線的な強さと、障子や壁を伝って広がる柔らかさも、田中さんの人柄を表しているように感じます。

暮らす人だけでなく、街に地域に地球に優しい家は、結局は暮らす人に心地よいものとなり、いい家として長く住み続けることができるという本質を感じる本です。こちらの本はナルセノイエでもご覧になれますので、「建築家 田中敏溥」さんを感じながらモデルハウスを味わっていただくのも、違った観点が生まれて面白いのではないでしょうか。


椅子をつくる。縁をつなぐ。広げる。

田中敏溥さんは、建築設計の傍らで椅子をつくり続けてこられました。住宅設計をする中で多目的に使えるちょっとした椅子がなかなか見つからなかったため、建築資材の”サブロク板”と呼ばれる1820mm×910mmの合板を切り出した椅子を、1980年頃から自ら設計・制作されたのがはじまりです。それは田中さんの愛称である「敏さん」から、BIN chair(ビンチェア)と名付けられ、”ちょっとした椅子”や折りたたみ式の持ち運びのできる椅子を主に作り、竣工祝いに使われたこともあったそうです。

帆布かばん

一枚の板から木取りされたBIN Chair。様々なパターンで無駄なくパーツを切り出して作られていることがわかります

帆布かばん

折りたたみ、持ち運びができる椅子も開発されました

田中さんは2023年2月に設計事務所を仕舞われて、椅子の世界に軸足を移されました。現在は座り心地を追求したBIN chairを制作しており、設計の本質は建築と変わらないけれど「小さいが広く深い」椅子の世界を感じておられるそうです。また制作されている方は主に建具を作られる職人さんで、昨今の住宅事情で建具制作が少なくなってきたため、技術を生かす機会になればという想いがあり、依頼しているのだそう。
 
そこで私たちは、「様々な縁を繋いできた田中敏溥さん設計のモデルハウスに、同じく田中敏溥さん設計の椅子を置かせていただきたい。それを、私たちの地域の家具職人と協働で制作して、新しいストーリーを広げていきたい」という想いを田中さんにお伝えし、BIN chair のひとつの型の図面をいただきました。
 
このプロジェクトに名乗りを挙げてくださったのは、名古屋市守山区のワックスタイルさん。ワックスタイルさんにとっても新しいチャレンジだったという「建築家の椅子を図面から形にする」BIN chair プロジェクトがスタートしました。

帆布かばんを縫う

ワックスタイルさんとの初回打ち合わせの様子

Vol.2では、「はじめての椅子制作」にまつわるお話と、完成した椅子を田中敏溥さんに見ていただいた時のお話に続きます。

(文・写真:松尾 絵美子)

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